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2010/06/17

クリスチャン・ツィメルマン ピアノリサイタル (6/5)

クリスチャン・ツィメルマン ピアノリサイタル
6月5日(土)サントリーホール
オールショパンプログラム(A)
 ノクターン第5番 嬰ヘ長調 Op.15-2
 ピアノソナタ第2番 変ロ短調 Op.35 「葬送」 
 スケルツォ第2番 変ロ短調 Op.31
    ~ 休憩 ~
 ピアノソナタ 第3番 ロ短調 Op.58 
 舟歌 嬰ヘ長調 Op.60

3日間連続サントリーホールに通ったのは初めての経験ですが、毎日ここで、素晴らしい音楽が響いているのだと思うと、この幸せなホールに音楽の神様が住んでいるにちがいない、と思いました。いわゆる「良い気」が充満している建物。土曜日だからでしょうか、ほぼ満席でした。

この日も30分前の会場のあと、ホールの扉が開くまで5分くらいありました。ギリギリまで調整中なのでしょうね。着席すると前日のスピノジ氏・新日本フィルそして前々日のツィメ様の「音」が、ふわ~っと蘇えってきました。

さて、1曲目。美しすぎるノクターン。ゆったりとロマンティックで、音楽に酔いそうになる。一昨日の演奏では、響きの戻りを確認しているような演奏だったけれど、この夜は最初からすっとホールの隅々まで音が降り注ぐ。客席が息をひそめて全神経をステージ上のツィメルマンに集中させているのが分かる・・・ホールの空気が濃厚で、息詰まるような感覚。ノクターンが終わった後も拍手は起きませんでした。
ツィメ様もピアノを弾く姿勢のまま、一呼吸おいてソナタ2番に突入。ピアノの演奏に突入という言い方もおかしいですが、そういう強さをもったソナタ2番の演奏の始まりでした。

「1回1回のステージに命を賭けて臨みます。死ぬ気で演奏する作品でなければ、弾くことはありません。」(ジャパンアーツblogのインタビューより

1日休んだだけで、全精力を傾ける演奏を続けるのは、いったいどれくらい大変なことなんでしょう。ソナタの2番を聴きながら、ジャパンアーツに掲載されいていたツィメ様の言葉を思い出しました。

葬送の列が霧の中にきえていくような、もう戻れない、もしくは取り戻せない・・・という焦りとか哀しみとか、淋しさが3楽章の終わりにぎゅぅっと凝縮されていて、ホールにいるのに、重たい霧の中にいるような感覚が残る演奏でした。

そういう演奏の後に、こういうスケルツォを弾けるんですねー。ピアノの音に混じって、楽しそうな鼻歌が聞こえてきて…。まるで音符が踊っているような、楽しくて幸せな音楽が、ソナタ2番の余韻を、すぅっと優しくなでていくようでした。

前半が終わっただけで、もう心も体も満たされちゃいました。

後半はソナタの3番。休憩あけにややざわついているホールの空気も、1音響けば、さっと色が変わる。大きな羽を広げて、好きなところを、好きなように飛び回っているような、急降下したり、舞い上がったり、羽ばたいたり・・・。

なんと素晴らしい演奏なんでしょう・・・。途中で、左手を蓋の上に置いて右手に全神経集中させて弾いている所、音が濃かったです。3番ってこんなに素晴らしい曲だったんですね。もう他の誰の3番も聞かなくても良いかも。

4楽章で心拍数が上がって発熱状態・・・舟歌で鎮めていただきました。

しかし、この時となりの方がカチャカチャと音をさせるので、何かと思えば、なんとなんと、血圧計(手首で計るタイプ)の乾電池を取り替えてるではありませんか。なかなか電池が入らないらしく、半端な金属音が・・・。次にいったいいつ、生で「舟歌」を聞くことが出来るというのでしょうか!この大事な瞬間に、悲しかったです。でも気を取り直して、ひたすらピアノの音と演奏する姿に集中しました。
こうして、ツィメルマンピアノリサイタルの2夜目が終わりました。

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