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2009/06/29

桜姫 シアターコクーン

『桜 姫』bunkamura20周年記念企画
原 作:四世 鶴屋南北
脚 本:長塚圭史
演 出:串田和美
出 演:秋山菜津子、大竹しのぶ、笹野高史、白井晃、中村勘三郎、古田新太 他

ちょっと前になりますが、6月12日(金)シアターコクーンで見てきました。休憩はさんで3時間だったような…。長かったです。そう言えば、芝居を上演する劇場の椅子って、座り心地の良い所はあまりないかもしれません。

さて、この桜姫、もとは歌舞伎。それを脚本の長塚さんが南米に舞台をおき換えて、出てくる人も、ゴンザレスとかセルゲイとか、さすが長塚圭史さんだなぁ、それだけで期待しちゃうというモノです。なんだけれど、串田さんの演出のせいか?南米の、気温も人も熱くてパワフルな感じよりも、ヨーロッパの田舎の移動遊園地とかサーカスのような、ちょっと哀愁漂う寒さを感じました。俳優さん達が演奏するトランペットとか管楽器の曲調のせいもあったのかもしれません。長塚さんの脚本は、長塚さんが演出した方が良いのかも…。

でも、そこで演じられる役者さんのパワーはものすごかった。江戸っ子のようにしゃべりまくるゴンザレスの勘三郎、狂言回しのような笹野高史、ものすごい存在感の古田新太、この人はどこまで本気で、どこまでふざけているのか境目がないので、かえって人間の狂気が浮き彫りになるような恐さを感じました。それから、抜け目なく立ち回っているつもりが、どんどん落ちていくような秋山菜津子、こういう役上手いですね。マリア役の大竹しのぶ。子どもなのか女なのか、善であり悪でもある、極端な感じ…なんですけど、いくつか舞台見てますが、どうも何をやっても同じに見えるんです。

実はこの芝居を体現するというか語っていたのは、セルゲイの白井晃さんたったように思います。死に場所を探しながら、生きている神父。かつて心中をはかり、1人だけ生き残ってしまった。しかも逝ってしまった相手は少年だったんですね。だから、聖人なんだけれど、罪を背負っていて、苦しみながら生きている。少年を忘れられず、少年の生まれ変わりと信じるマリアと行動をともにする事で、どんどん立場を失っていき、逃げまわる生活にまで追い詰められてしまう。悪党のゴンザレスの罪よりも、普通に善人だったセルゲイの罪の方が、生きることの重さをずっとずっと表現しているように思えました。

現代版の桜姫は、別々の所で生まれたのに、気がついたら全員が数奇な運命の渦に巻き込まれて、逝きたいのか生きたいか…、宿命に押しつぶされていくような、すごい物語でした。歌舞伎の方は見たことがないので、いつか見てみたいと思います。

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