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2006/06/20

想いを言葉にする・・・ツィメルマンのこと

先日のツィメルマンのコンサートでの日本語によるスピーチは、ただ演奏会に来ただけなのに、意図せず政治的な意見を聞かされてしまった・・・と思われている人もいるようだけれど、「戦争に反対する」という気持ちは、はたして政治的な意見なのだろうか?人間として、至極当然な「心の声」なのではないかと思うのだけれど。そんな時、昨日19日の東京新聞夕刊に、岡田敦子さんの「一期一会のコンサートだった」という評論が掲載され、そう、その通り!とあらためて力が湧いてくるというか、あの日の演奏の響きが蘇るような思いがした。
『キャプションがあって写真が成り立つように、もしメッセージがなかったら、あのような凄惨なショパンが立ち現れたことを私たちは誤読すらできなかっただろう。』(東京新聞2006/6/19夕刊「思索するピアニストのメッセージ」岡田敦子より)誤読もできない、つまり演奏だけでは、その意図は伝わりきれずに、どうしても「ものすごい演奏だった」以上にはなり得なかったのだ。(スピーチ後の演奏曲目は、ショパンのマズルカと葬送ソナタ)
写真も絵画も音楽も、およそ芸術は、言葉や国境を越えて「何か」を訴えてくるものでもあるけれど、その根底にある想いが語られることは、よりその「何か」を強くする事もあるのだ。演奏会で、マイクを持ち、慣れない日本語で一生懸命語るツィメルマンの姿は、「自分の気持ちを一生懸命に人に伝える」ということの大切さを改めて気づかせてくれたと思う。あのスピーチは、彼にとってもリスクがあっただろうし、周りのスタッフも全員が賛成してくれた訳ではないだろう。それでも、彼はきっと何度も何度も日本語を声に出して練習しながら自分の決心を周りの人にも理解してもらう努力を惜しまなかったのだろうなぁ。
私達の世代は、子供の頃から何もかも今のように、物質的に揃っていた訳ではない・・・と、ふと思い出す。モノクロのテレビ、舗装されていない道路、木造校舎、ちょっと音のはずれたオルガン・・・、電車のシートも日比谷公会堂のシートも座り心地は悪かったし、ホールなんて古くて音響効果なんてものは無縁だったんじゃないかな。そして何より、親の世代は学童疎開をしていて戦争の体験者だったのだ。子供のころ聞かされた話は、どうにもピンと来なかったので、すっかり忘れ去っていたけれど、多くの人を不幸せにした戦争は、私たちからそう遠くない所に、たしかに存在していたのだ。今年50歳になるツィメルマンが、故郷ポーランドでどんな少年時代を過ごしていたのか、詳しい事は知らないけれど、ピアノの部品がなくて手作りしていた話は有名だし、当然ながら戦争は遠いものではなかったはず。
あの日、クリスティアン・ツィメルマンは、ピアノで、言葉で、全身で、彼の心のうちを表現したのだ。
心安らかに、暖かい芸術を紡ぐことができる平和な日々が、地球を包み込みますように。
・・・たまには真面目な意見も書いてみたりしました。
 *参考:朝日新聞インタビュー記事2006/5/24

 ♪6月2日の演奏会
 ♪5月20日の演奏会

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コメント

物質的には恵まれている時代だけれど、何か大きな欠けも多いような気がします。
戦争はあっては欲しくないけれど、人との気持ちの上での争いが多い時代ですよね。

私もピアノ聴きたかったなぁ・・・。
いい時間を過ぎされたのですね(^^)

ちゃくらさん、こんばんは!本当に大切なもの、目に見えないものは、まったく見ようとしなければ、何もないのと同じですよね。殺伐とした時代、「戦争」という単語がたえず目に付きます。ピアノの音は1回目は心が洗われるようでしたが、2回目はさざ波が立ちました。忘れられない演奏です。

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